カテゴリ:永作先生からの手紙( 503 )

愛別離苦

どんなに愛して居ても、いつかは、別れが来る《死別》
人は、永遠の別れと捉えますが、それは、肉体と云う衣を脱ぎ次の段階に入っただけなのです。
後に残った者も、やがて肉体の衣を脱ぎ、愛しい人と再会するのである。

であるから、恥じ無い生き方をするのです。
この法則から逃れる事は、出来ません。

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次にお話しする事は、実話である。
その方は、最愛の奥様を病で亡くされ、幼いお子さんと二人、奥様無しで過ごされ、悲しみの中に身を置かれておられました。

ある時、奥様がご主人に語られました。
《先に行ってごめんなさい。でも私は、貴方と赤ちゃんの側にいます》



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それからは、事あるごと、ご主人に語られておられました。
そんな時、ある方の紹介で私の寺に相談に来られ、今迄の事をお話しされました。

正に、涙の相談であります。
ご主人の気持ち、奥様の気持ちが、痛いほど伝わって参ります。

しかし、肉体の衣を脱ぎ、霊体に戻られた奥様が、現界にとどまる事は危険なのです。
《無防備状態》
一刻も早く、先祖霊や仲間の居る霊界に帰り、霊的保護の下で過ごす事が急務なのです。



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私はご主人を諭し、奥様には説得を試みました。
現在の奥様は説得に応じ、霊界からご主人とお子さんを見守り続けておられます。

引導

仏教語。衆生を導き、仏道の正法に引き入れること。
1から転じて、仏教における葬送儀礼の1つで、葬儀において僧侶が死者に対して読経を行った後に読誦される法語。
また、法語などを授ける行為・作法をいう。

葬送儀礼において、どの部分を引導と称するのかは、宗派により違いがある。
浄土真宗のように、引導作法を行わない宗派がある。


真言宗
引導法がある。導師が引導法の次第に基づいて、秘印明(印)を授け、潅頂を行う。

浄土真宗
教義の観点から引導法がなく、引導作法は行われない。

Wikipediaより引用

その後、ご主人は信仰の道に目覚められました。
昼は仕事に専念され、夜は育児に専念され、作った時間で信仰の道を學ばれておられます。

願わくば親子に幸多かれ、と御本尊様にお祈り申し上げております。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


by jiyuu-fudou | 2017-04-26 06:00 | 永作先生からの手紙

断捨離

断捨離とは、執着を捨てる事であります。
しかし、使える物を闇雲に捨てれば良いと云う事ではありません。

断捨離
不要な物を減らし、生活に調和をもたらそうとする思想であり、やましたひでこ(山下英子)の著書において発表された。
「断捨離」「クラターコンサルタント」は山下の登録商標である。

断捨離は、「もったいない」という固定観念に凝り固まってしまった心を、ヨーガの行法である断行(だんぎょう)・捨行(しゃぎょう)・離行(りぎょう)を応用し、

断:入ってくるいらない物を断つ。
捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。
離:物への執着から離れる。


として不要な物を断ち、捨てることで、物への執着から離れ、自身で作り出している重荷からの解放を図り、身軽で快適な生活と人生を手に入れることが目的である。
ヨーガの行法が元になっている為、単なる片付けとは一線を引く。
Wikipediaより引用


例えば、昔の人は、要らなくなった布団を座布団、今ならクッションに作り替えたり、着られ無くなった服は、雑巾やハタキに再利用し最後に捨てる工夫がありました。

現代は、直ぐに廃棄と考えますが、其れで良いのでしょうか?
物は、使い方を考えれば、不要な物にも新たな命を吹き込む事も出来ます。

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また、心の断捨離も然り。
何時迄も、過去の嫌な経験に翻弄されて暗闇に生きる依りも、自身の経験値と捉え、教訓として自らに落とし込む時、あなたの人生には光明と成ります。

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断捨離を深く理解する時、あなた成りの學びにも繋がり、正に生きた学問に開花できるのです。
全ての道理、學びは、自身に落とし込む事に依り、あなたの心に光明をもたらします。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝
わたくし慈優の元には、古くなった縁起物や人形などを始め、仏壇、仏像、位牌などの処分についてのお問い合わせが多々あります。
そうした問題については、私が一存で簡単にお答えできることではないこともあり、一度師僧にあげます。

断捨離は、それが服であれ本であれ、別れた恋人からプレゼントされた貴金属であれ、仏像であれ「厄介払いの粗大ごみ」扱いという意識で行うのであれば、また同じようなことを今後も繰り返すのだろうな…と思うのです。
服や本や貴金属と仏像、仏壇、縁起物とはちょっと違うかもしれませんが…。

断捨離をしてスッキリした。という話を耳にするたびに、「それは単なる厄介払い」ではないですよね?
と老婆心ながら、心の中でひとり呟いてしまう私でした。

ちなみに田舎の方では、「始末」という言葉がいまだに生きております。
うちの方でも「始末な嫁」というのは、賢い奥さんと同義語です。

物を使い切る、感謝して無駄にしない。上手にやりくりする。
大体ニュアンスとしてはそんな感じです。

冷蔵庫の中にあるもので、パパっと数品作れる女性は料理のスキルが高いように思いますが、それは、瞬時にそのものの未来を描き出して形を変える才覚があるからなのだと思います。
料理に限らず、洋服のリメイクや空き箱の再利用などもそうでしょう。

数年前に、整理収納アドバイザーの資格を取りました。
そのとき、1つのものを家の中に持ち込むときには、3つ何かを処分する。というルールを教わりました。
そうしない限り、無限に家の中にものが増えるから…と。

その1つとは、物の大小にかかわらずです。
大型テレビが1、なら、消しゴムも1です。

物を増やさない、むしろ減らす、あるのに同じものを買って無駄にしない、空間をもので埋めない。
という観点から見れば、とても合理的です。

そこに、物の未来を見る目線があれば、きっとその場しのぎの「厄介払い」ではない、物心ともに暮らしの質を上げるマイ・ルールになるのではないでしょうか。


by jiyuu-fudou | 2017-04-25 06:00 | 永作先生からの手紙

魂の學び

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病、老い、生と死、此の課題を避けることは、誰にも避ける事は、出来ません。


四苦八苦
生苦…生まれることの苦しみ

老苦…老いることの苦しみ

病苦…病気になることの苦しみ

死苦…死ぬことの苦しみ

出来無いのなら、正面から向き合い學ぶのが我が密教塾であります。
人は、何故生き、死を迎えるのか?
これに答えを出し、生きる時、私達はより良く生きる事に繋がるのです。

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参考資料

ただ、漠然と死を怖れていたのでは、何も解らずに迷宮の中に居るのと同じです。
學びの中に入って、自らが學び取り、自らの人生に向き合い、答えを出す事が明日をより良く生きる事になります。

生老病死苦、誰も逃れる事は出来ません。
自らを活かす事こそ、學びなのです。

學んで、學んで、答えを出し活かす道に変える事は、より良く生きる事なのです。

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参考資料:弘法大師

答えは千二百年前に、お大師様が経典を通じて私達に教えてくださっているのです。
其れを、私達は學び、自身の中に落とし込むだけなのです。

後は、私達が胸襟を開いて、上下の隔たりも、男女の差も、全ての垣根を越えて學ぶ事に尽きると考えます。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

密教塾は月謝3000円のメールマガジンです。

時々、行者でも僧侶でもない人間が入会・購読しても良いのでしょうか。
インターネット等で印や真言を見聞きして、自己流でやることは危険であると読んだことがありますが、問題はないのでしょうか。
メールによる自習で術技を習得できるのでしょうか。
といったご質問を賜ります。

その都度、個人的にわたくし慈優からお返事を差し上げておりますが、ちょうどよい機会でもありますから、個人的に送信した私のメールを元にご説明させて頂きたく存じます。

密教塾へのお問合せをありがとう存じます。

密教塾では、印の伝授は致しておりません。
仰るように、見よう見まねでやることは大変危険が伴います。

わたくしもこれまでに様々な法の伝授を受けて参りましたが、そこには以前本で読んだり、インターネットで調べた時にはなかった「あること」が必ずついてきました。
それが口伝であり、秘法の部分です。

車を動かすのにガソリンが必要なように、本当に必要なことは表に出せない世界です。
だから、その「あること」が省略された情報をかき集めてパッチワークしても、法を行うことは不可能です。
出来たとしても、良くないものと感応するでしょう。

我々の処には、日々様々な疑問質問がやって参ります。
それは、長年の修行や口伝によって得た知識を「下さい」というのと等しい事柄であることが多いのです。

決して出し惜しみしていたり、その秘法でお金儲けをもくろんでいるのではありませんが、時として、血の涙を流して得た経験や知識を、どこの誰ともわからない人に簡単に口外出来るものでもありません

そこで、「お金を払ってでも質疑応答をしてほしい。自分が知りたかった先祖供養のやり方や、逆に素人がしてはいけない霊事のマナーなどを教えてほしい」と仰る方を対象に、新密教塾を立ち上げました。

本当に修行を望まれる方への広報活動も、この半分閉じた密教塾内で発信する事としております。
ですから、そうした道に行きたくない方は、伝授希望者を募るような内容の通信があった時にはスルーで構いません。

密教塾で共有できる公開事項については、奥義への「入口」に過ぎない。とお考えください。

また「こういう事が知りたいけれども教えてもらえるだろうか」といった問い合わせにも、この塾生からのものであれば可能な範囲で伝授しています。
それは行者でなくても唱えていいもの。行って良いもの。と永作僧侶が判断したものに限られます。

また、参加することは、真面目に學ぶことへの意思表明があるということになりますので、密教の秘密の法具等も添付資料として配信致しております。
最高級の素材を用いて、一流の職人が仕上げた法具は一見の価値があるものと存じます。

これまでの流れですが、何らかの真言や法を無責任に、かつ虚栄心を満足させる目的でまき散らす(;'∀')という目的ではなく、霊的真理を学んでほしいという阿闍梨からの語り掛け(ブログよりも濃く、ピンポイントのもの)で構成されております。

御返事になっておりますでしょうか。
ありがとうございます。
後藤慈優


by jiyuu-fudou | 2017-04-24 06:00 | 永作先生からの手紙

比較対象

あなたは買い物をする時に、同じ様な物があれば見比べませんか?
当たり前に比べて、品定めをするでしょう。

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しかし、比較対象が無い場合、あなたはどうしますか?
感に頼りますか、其れとも迷わず買いますか。

私は知識を蓄え、自身の価値観を持って事に臨む性格であります。

例えば、若い頃、法具、仏像の真価を學ぶ為に、有名な仏師の工房を訪ね、真摯に教えを請いました。
法具を學ぶには、有名寺院の宝物展に足繁く通って、実物を見て、法具師さんの工房で教えを請いました。

全ては、今日を築き上げる布石だったのです。
私の考え方の根本にあるのは、本物を求める姿勢にあるのです。

私のお願いしている、仏師、仏具師は、頑固一徹。
仕事に於いて一切の妥協が無い。

今朝、依頼中の御厨子の進捗状況を確認しに行くと未完成なのである。
仏具師に尋ねると、納得出来ない部分を再度作り変えるとの事。
私が、完成を楽しみにお待ちしている方々の為にも早くと言うと、仏具師が一言、「納得出来ない物は出せない。お待ちの方には申し訳ないが、作り直す。」と、一点張り。
取り付く暇もなく、私は帰路に着いたが、よく考えれば誠にもって有り難い話であります。

木は生き物..... 反りも割れもある。
それを木と折衷し、作り上げる。
仏師、仏具師には頭が下がります。

私の様な貧乏寺の住職の話しを真っ向から引き受け、一心に取り組み、不動明王尊を彫り上げ、不動明王尊に御入り頂く、白木の御厨子の製作は、誠に大変であります。


この念持仏を家に祀り、幾久しく、礼拝される方々の為に、少しでも丈夫な御厨子を作り上げる、と言う、仏具師の心意気は正に不動....
昨今は、大量生産の渦があらゆる所で渦巻く中、黙々と御厨子の製作に力を注ぐ、老仏具師中に男を見、凄まじい気迫を感じました。

密教14「素晴らしき職人魂 仏師 仏具師」より抜粋

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赤不動明王院所蔵 割五鈷杵


本物があるのに、何故、入手する努力をしないのか?
私には、理解する氣はないのが、正直な気持ちです。

傲慢と言われようと、私はこの姿勢を貫き通し、弟子に伝えていきます。

密教を志して早四十年を越し、言える事は、本物を探し、見極めるには、生半可な事では、見つける事も手に入れる事も至難の技です。

しかし、密教の開祖、弘法大師空海は、私達に遺産として本物を残してくれているのです。
では、何故出回らないのか?

日本人の権威意識が、邪魔をするのである。
京都の東寺に行けば、お大師様の法具は展示されて居ます。

其れに従い、製作すれば良いのです
《型を作り復元するには、多額の費用が必要です》
私は、僧侶の仕事の他に工事現場で働き、コツコツ貯めたお金で、型を頼み、法具師に依頼し、完成させ入手して参りました。

密教 373 私が本物にこだわる訳より

貧しい家に生まれ、父母亡きあと僧侶に成り、乞食坊主と揶揄されながら生きた時代。
自分の法具も法衣も無い、古い物を譲り受け、しのいだ時代もありました。

眼力、良い物を見極める事は、眼を養い、知識を蓄え、本物を見極める眼を培います。

どうせ、手に入れるなら本物を求める姿勢こそが、次へのステップに成って行くのです。

妥協し無い生き方にも繋がると考えます。
働き、得たお金は、貴い物。
無駄にしないように使うのも大切な事ではないでしょうか。
全て、物を大切に考えれば、本物はあなたの前に現れます。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


by jiyuu-fudou | 2017-04-23 06:00 | 永作先生からの手紙

秘伝書、古文書

私の寺には、日本中に散逸して居る秘伝書を始め、古文書が堰を切ったように集結して居ります。


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参考資料:当院所蔵資料一部


毎日その資料の解読に奮闘し、何時の日か、誰でもが學べる学舎を作りたいと願って居ります。
宗旨宗派を超えて真剣に學び、其れらの秘伝書、古文書を学術的に、また様々な視点から自由に學べる機関であり、学舎を創るのが私の夢。

秘伝書、古文書の類いは、一般には入手する事は困難を極め、また、僧侶であっても難しいのが現状であります。
増してや、一般の方々が眼にする事は無いのが現状です。

何故、不思議に走る人が居るのか?
何故、オカルトを好むのか?
その答えは、簡単である。

知らないから、解らないからである。
しかし日本の現状は、秘密主義が壁を作り、一般の方々が學びたくとも學べ無いのが現状であります。

何故、人は「不思議」に興味と憧れに似た感情を抱くのか?
それは、解らないからである。
解っていれば、憧れも持たないで有ろう。

私が常々言う言葉だが、この世に不思議など存在しない。
知らないだけであると。
日本は、霊的世界観も霊的真理も霊的科学も百年遅れている。

密教438不思議より

私の理想は、一般の方々が幅広く學び、僧侶が専門分野を履修し厳修する事が可能になること。
そうすれば、密教の真髄を皆さんに理解して頂けて、平和活動にも寄与出来ると考えます。

理解と調和無くしては平和は訪れません。
同様に、密教を一般の方々が真から理解される時、棚から牡丹餅も不思議も無いと理性的に解釈される方々が増える事を願い、活動して参ります。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



by jiyuu-fudou | 2017-04-22 06:00 | 永作先生からの手紙

石笛

鎮魂帰神法《古神道の霊降術》に使われたのが、石笛である。
今から約五千年前に使われていた神器で、現在、芸術の域に達した石笛奏者も少なくない《楽器》である。
私の友人も奏者の一人で、各地の聖地で奉上して、美しい音色を響かせて居ります。



岩笛・石笛
球形、鶏卵形の石製の気鳴楽器(笛)で縄文時代の遺跡から発掘された、日本最古の笛です。
高い周波数の澄んだ神秘的な音を奏でる岩笛は、現在では一部の音楽家によって吹き継がれています。

縄文時代に使われていた石笛の音は、一種の合図や信号とみることができますが、祭祀〔さいし〕(神や祖先を祭る事)と結びついて、いわゆる神おろし(鎮魂)に使われていたものと思われます。
古代日本人のとらえた音感覚は自然崇拝に根ざした呪術的なものであり、自然・神との対話には神秘的な音が必要だと考えられていたからです。

音域は1オクターブ半程あり、音色や音程はその笛の構造によって様々です。
奏法も、その石に合わせて様々ですが、精神を奏でる音に集中させる事が何よりも重要です。
その音色は硬く、鋭い高音で、神聖な楽器として使われていました。


音は音霊に繋がり、美しい音色には疲弊した心を癒す効果もあり、古くから各方面で音《楽器》は重要視されて居ります。
但し、其れも、正しく伝えられた場合に限ります。

全ての事象に裏表がある様に、其れを使う者の心次第とも言えます。

鎮魂帰神法
神や霊を人に降ろす方法である「帰神法」。
帰神を実現するための精神統一の修行法である「鎮魂法」。
鎮魂で得た力の応用としての「禁厭」からなっていた。
神懸かりには三十六法があること明らかにしお告げであっても、それを鵜呑みにするのではなく、懸かった神霊の階級や種類やを判別する「審神」(さにわ)を重視した。

Wikipediaより引用

密教にも様々な音《楽器》が存在して居ります。
音は、使い方次第で様々に変化し、聴く者の心を引き付けます。

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五鈷鈴

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法楽太鼓

音は、間違った使い方をずれば人を害する事にも成り兼ねません。
全ては、正心を持って臨む時、癒しと浄化に繋がります。

あなたは、どんな音を選ばれますか。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

密教の修行を始めるにあたり、古神道の修行の一切を捨て、一切の書物、教えて頂いたときの極秘資料を捨て、配信していたメルマガの原稿も捨て、五色の房がついた大きな神楽鈴を捨て…。
一切をゼロにしました。

まさか1年後に封印を解いてやると言われるとは思わず。
相変わらず思い切りの良過ぎる自分にあきれますが、今回は自分にとってなじみの深い言葉、知っている方の名前などが出てきて非常に感慨深かったです。

鎮魂帰神法については、詳しく書かない方が良いだろうと判断し、あえて深堀りは致しませんでした。

石笛の音を聴くと、昔から魂の奥の古い記憶が揺り動かされるようで、少し情緒不安定になります。
なぜだろうか?と思っていたのですが、少しずつその謎が解けてきました。

YouTubeで演奏家の方の奏でる音色に浸ってみるのもいいかもしれませんね。
神も自然も喜び震える音の魂だと感じます。



by jiyuu-fudou | 2017-04-21 06:00 | 永作先生からの手紙

降霊と霊視

私は、今迄に幾多の降霊の現場を経験して参りました。
今日は、その経験からお話し致します。

普通、降霊の現場では、主と成るのが霊媒と審神者、見届け人の三者が依頼主の降霊を行います。

①霊媒とは、自身の身体に霊を憑依させます《身体を憑依霊に貸す》
自身の魂を縮め片隅に置き、憑依霊に自身の声帯を使わせるのである。

②審神者は、霊能者が担当する事が多い言わば聴き役である。
但し古語や様々な知識を有して居なければならない!

何故か?
基本的に憑依霊は、嘘つきで狡猾である場合が多いので、その嘘を見破れる能力が必要なのです。

例えば、憑依霊が、自分は五百年前に神に仕えし者であると言った様な場合、皆さんはどう考えますか?
そしてどう捉え、見破りますか?

普通に霊媒師の口から流暢な言葉を、まことしやかに語られどうしますか?

私ならNGである。
考えて下さい。

五百年前に現代語がありますか?
これは、古語を學んだ人なら分かるはずです。

そして、もう一人の見届け人、此れも重要である。
霊媒師と審神者の会話を冷静沈着に捉え分析、出来る知識と能力が要求されます。

審神者(さにわ)
古代の神道の祭祀において神託を受け、神意を解釈して伝える者のことである。後には祭祀の際に琴を弾く者を指すようにもなった。

「さにわ」(歴史的仮名遣いでは「さには」)は、元は「清庭」(さやにわ)の意味で、神を祭り神託を受けるために忌み清めた庭(場所)のことを指したとする説が有力である。

『古事記』の仲哀天皇の段に、天皇が琴を弾き、武内宿禰が沙庭(さにわ)に居て神の命を請うたという記述がある。
ここで沙庭は場所の意味であるが、宿禰が審神者を務めたということになる。
その後の記述では、神が神功皇后に乗り移り、神託を述べている。
『日本書紀』の神功皇后9年(209年)3月には、皇后が自ら神主となり、宿禰に琴を弾かせ、中臣氏の祖と伝えられる中臣烏賊津使主を審神者としたと記されており、福岡県久山町の審神者神社が祭神として中臣烏賊津使主を祀っている。

後に、神楽で琴を弾く者のことを「さにわ」と称するようになった。
平安時代の『政事要略』に「今琴弾之者を以て佐爾波(さにわ)と云、偏に以て神遊に供奉す」とある。

近現代の新宗教教団においては、人についた神や霊の正体を明かしたり、その発言の正邪を判断したりする者のことを審神者と称している。
Wikipediaより


言わば総合監督である。
最高に難しい立場と言えよう。

降霊術
占いの目的のために亡者の霊を呼び寄せようとする魔術の形態である。

古代
初期の降霊術はけだし先祖の霊などを招くシャーマニズムと関係がある。
古典的降霊術師は、トランス状態のシャーマンの呟き声に類似する「甲高い喚き声と低い唸り声の入り混じった」言葉で死者に呼びかけた。

中世初期および盛期
中世の降霊術師は多くの場合、キリスト教の聖職者の一員であった。
ただし聖職者でない者も記録に残っている。
ある場合には、ただの見習いや下級聖職者に叙階された者が実践に手を染めた。
かれらは霊的存在(特に悪霊)の操作と魔術実践への信念で結びついていた。
これらの従事者はほとんどの場合、読み書きができ、十分な教養があった。
ほとんどの者は悪魔祓いの基本的な知識をもち、占星術と鬼神学の文献に接したことがあった。

聖職者としての教育は非正規的であり、大学へ入ることはまれであった。
大多数の者は師と徒弟という関係の中で教育され、ラテン語と典礼と教理の基本的な知識をもつことが要求された。
この教育は精神的な指導に結びつくとは限らず、神学校など存在しないも同然であった。
かかる確たる教育の不在が、キリスト教の教理においてオカルト的実践が非難されているにもかかわらず一部の意欲的な聖職者がキリスト教の典礼をオカルト的実践に結びつけることを許容した。

現代の降霊術
古くからある降霊術を指す言葉であるネクロマンシーは、現代では死の操作を自称したり装ったりするものを表す一般的な言葉として用いられ、概して魔術的なニュアンスを帯びている。
近現代の交霊会、チャネリング、スピリティスム、スピリチュアリズム(交霊術、心霊術)は、仮定上の呼び出された霊に対して未来の出来事を啓示することを要請する場合においてネクロマンシーと近接する。
ネクロマンシーは降神術の一部門である心霊占いとして呈示されることもある。
Wikipediaより

此処には書けないが、まだまだ大変な課題があります。
《模倣やイタズラを差せない為に書きません》

そして、私は一人で一切合切をやって居ります。
言わば、御本尊様との共同作業と言えます。

私が言える事は、興味本位や金目当てに以上の事を行えば、必ず後悔します。
それは、日を置かず必ず現れます。



南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

スピリチュアルという言葉が市民権を得てからというもの、オカルト・降霊術・魔術といった、それまで後ろ暗いようなイメージを持っていた霊との交信が、罪悪感のない明るくて手軽なものへと印象操作されたように感じています。

天使やご先祖さま、あるいはハイヤーセルフといったご存在さまからのメッセージを頂きたいと思ったことがある方は、決して少なくないでしょう。
そして、それらのご存在と交流する手段として、ペンジュラムやカードを使う方もたくさんいらっしゃいます。

師僧はこれらはみな、形を変えたコックリさんであって大変危険である。と再三警告を発しています。
霊媒の体に降ろすから危険、道具を使うから安心。
そんな簡単なものではないのです。

くれぐれも霊をオモチャにしてはいけません。



by jiyuu-fudou | 2017-04-20 06:00 | 永作先生からの手紙

雙身毘沙門天尊

秘仏の中の秘仏と言われる、雙身毘沙門天尊《双身毘沙門天尊》尊格は、天部だがその効験は凄まじい。

双身仏は、まだ他にもおわせられる。
しかし、台座に固定されていない自走自在は、当院の雙身毘沙門天尊像以外には、ある有名寺院の秘仏のみ。
他は知らない。

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※楕円で囲った部分が「台座に固定されていない自走自在」


何故か?
鋳造の難しさと、正しい伝承がされていないのが現状だからである。

対外的に言われている、秘仏への知識はほとんどが迷信である。
では、何故そんな迷信がまことしやかに語られているのか?

其れは一言で言えば、無知蒙昧に過ぎ無い。
不思議ちゃんの観点である。

真実を知る事は、科学する事と同じである。
雙身毘沙門天法の真実は、お大師様の説かれた経典を見れば明らかである。
これを知らずに秘仏を取り沙汰し、迷信を振り回す行為は、正に不思議ちゃんであり、無知蒙昧と言わざるを得ない。

過去記事「密教442 仏像製作」より
この像には幾つもの秘密があり、製作に当たってまず検証作業に大変手間取りました。
何故か?
普通には現物がありません。
たとえあっても、約束事が出来ていない物ばかりで難航を極めて居た時、大僧正が力を貸して下さいました。
なんと、大僧正の寺に代々伝わる仏像を拝観させて頂き、写真まで撮らせて頂くことが出来たのです。
更には法の手ほどきをして頂き、像の打ち合わせを大仏師とする事が出来ました。

過去記事「密教484 双身毘沙門天」より
一般には、ほとんど知られて居ないのが双身毘沙門天尊像である。
何故か?一度修すれば、その効験の凄まじさに、他に知られては、困ると考えられたのです。
そして、双身毘沙門天法の経典も知る者も少ない経典である。
弘法大師空海が経典として遺されて居りますが、真髄と言われる経典は、伝燈大阿闍梨でも一部の大阿闍梨しか知ら無い大法である。

では、雙身毘沙門天法は現存するのか?
現存して居ります。

真摯に學び、経典を科学し探求する時、必ずやあなたも眼にする事が出来ます。
要は、真摯に學び、科学する知識の有無にあるのです。

《経典解読と修法は別物》

次第書とは、設計図であり、教科書、解説書、である。

其処に伝法が加わる事で、始めて可能に成るのである。

従って、独学は困難を極める。

私は、幸いな事に、若い頃、良き師僧に恵まれ、師僧から師僧への紹介を賜わり、現在があります。

現在、護摩法が各地で謹修されておりますが、密教隆盛時代の様な、七十種に及ぶ護摩法は、現在謹修されていないのが現状である。

では、隠れた護摩法は、現在では必要無いのか?

違います。伝法されていないのが現状です。


《秘密主義と難解さが原因》

私は、現代の人々に、密教の素晴らしさを感じて頂き、理解を促す事が、これからの密教の発展に繋がる事と考えます。

そして、科学する事に繋がると考えております。



南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

鋳造仏の双身毘沙門天尊像が完成したというお知らせをしてから、たくさんのお問合せを頂きました。
値段やお届けまでにかかる時間についてはお答えできますが、法の内容やその効験についてのご質問にはお答えすることが出来ません。
大変申し訳ありません。

ここで私が簡単に◎◎です。などと言えたら良いのでしょうが、そんな無責任なことは出来ませんし、密教でもありません。

次第書が設計図なら、伝法は実際に動かすためのハンドルのようなものではないかな。と私は考えます。
そう思うと、法の伝授に時を選び、また人を選ぶのも納得です。

教えを授ける方は、相手の真摯さや學びの深さを見て判断します。
それを「~してるのに~してくれないのは不公平だ。間違っている。出し惜しみしている」などと捉えるのは筋違いというものでしょう。
ただ、今はその時や人を悠長に選んでばかりいると、伝授する人がいなくなってしまう…という危険も同時にはらんでいるようですが。
現にそうして消えて行ってしまった法もたくさんあると思います。

私は自分の残りの生涯をかけて、少しでもそれらの失われそうになっている法をご伝授頂き、後世に残していけるような人間になるべく精進していきたいと考えております。

感謝合掌
後藤慈優



by jiyuu-fudou | 2017-04-19 06:00 | 永作先生からの手紙

物理的霊現象の正体

当院には、毎日、様々な悩みを抱えた方々がお出でに成ります。
その中でも、深刻なのが物理的霊現象による恐怖であります。

何故、物理的霊現象が起こるのでしょうか。
其れは、未浄化霊があなたのエクトプラズムを利用して起こす現象なのです。

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平たく言えば、霊体はマイナスエネルギーであり、私達が持っているプラスのエネルギーを使って様々な物理的霊現象を起こしていると言えます。
従って、物理的霊現象を怖がるのではなく、メッセージと捉え分析する事が望ましいのです。

このところ、電車の人身事故が、増えている。
これは、突然の憑依が大きく関わっています。

亡くなった本人は、全く死ぬ気はなかったのです。

では、何故起きるか?
魔は、人間の持つ弱いメンタル面を突いてきます。
そして引き込み、仲間を増やし、新たな犠牲者を待つのです。

では、負の連鎖は止められないのか?
止められますが、大変なエネルギーを必要とします。

霊体はマイナスエネルギーです。
電極には、プラス、マイナスが存在します。
大きなエネルギーを中和する為には、同等のエネルギーが必要です。

貴方が、流れに引き込まれないようにする方法は、次の通りです。

汚ない言葉を使わない。
ギャンブルをやらない。
人をうらやんでは、いけない。
ポジティブな考え方を学び、実践する。

憑依は、誰にでも起こります。
しかし、回避する事も出来ます。

貴方は、どちらを選びますか?
全ては、自由です。

密教27突然の憑依より

霊体には、声帯が無いので伝える手段が限られています。
そのため、物理的現象に移行したと捉えれば理性的判断も容易と考えます。

ポルターガイスト現象(ポルターガイストげんしょう)あるいはポルターガイスト(独: Poltergeist)は、そこにいる誰一人として手を触れていないのに、物体の移動、物をたたく音の発生、発光、発火などが繰り返し起こるとされる、通常では説明のつかない現象。
いわゆる 心霊現象の一種ともされている。

物体の移動としては、主として建物内部に設置された家具や、家具内に収納された日用雑貨などが挙げられる。
住人が就寝中に移動するものもあり、住民が起きている時に移動し、移動する過程が直接目撃されるものもある。
激しく飛ぶこともあれば、ゆっくりと移動することもある。

「誰もいないのに音が鳴り響く」がといったラップ現象も、この現象の一つとして分類する研究者もいる。

「ポルターガイスト(Poltergeist)」とはドイツ語で、poltern(騒々しい音を立てる)+ Geist(霊)、すなわち「騒がしい霊」という意味の合成語である。日本では心霊科学研究会の浅野和三郎が「ポルタアガイスト=騒々しい幽霊」と和訳、幽霊屋敷に起きる現象として紹介した。

Wikipediaより

ただ恐怖し、理性的判断を怠って恐怖ばかりを優先した結果、霊的物理現象は増加・増大する事に繋がります。
霊的な事は、他人にはなかなか伝え難いものです。
また、正しく理解している者も少なく、事を悪化させて居る例が多いのも事実であります。

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まず自身が冷静に事象を見つめ、理性的に分析する事が大切です。
全ての事象・現象には、答えが必ずあります。

まずは自身が落ち着き、不思議ちゃんになら無い努力が不可欠です。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

私は子供のころから、様々なポルターガイスト現象、物質化現象等を経験してきました。
子どものころに多かった理由としては、Wikipedia の中に「ポルターガイスト現象は、思春期の少年少女といった心理的に不安定な人物の周辺で起きるケースが多いとされており、その人物が無意識的に用いてしまう念力(反復性偶発性念力 recurrent spontaneous psychokinesis RSPK)によるものとする説もある。つまり、そういった能力を有する者が無意識的に物を動かし「ポルターガイスト現象」を発生させてしまう、とする考え方」が紹介されていました。

私が経験したものは、大きく分類して「音」と「匂い」に関するものが多かったです。
葬儀の後の食事の席で、故人が旅先で買ってきた土鈴が風もないのに突然鳴った。
父の死後、仏壇の鈴が突然鳴った。
学生寮の部屋の時計が、夜中に突然壁から落ちて割れた。
一人で留守番をしていたとき、実家のピアノが鳴った。
一人で留守番をしていたとき、誰かが階段を登ってくる音がした。

匂いに関しては、
「大学病院で研修を受けていたとき、外来の廊下から線香の匂いが突然帯のように流れてきた」
「魔術に関するホームページを開いたら、部屋の床からドブのような匂いがしてきた」
「派遣先のおしゃれできれい好きな職員さんから、獣の匂いがするようになった」

等など…。

私の場合、すべてが未浄化霊ではなかったのですが、やはり愉快なものではありませんでした。
子どもの頃~学生時代は、長く闘病をしていたので、精神的に不安定で将来について明るい希望も持てず、「この先生きていてもいいことがあると思えない」「いつも憂鬱」という感情がベースにありました。

自分のこうしたネガティブなエネルギーが騒霊現象を引き起こしているという説が正しいのなら、それはそれでとても個人的に納得します。

密教の修行を始めてからの現象については、また別の側面がありますが。

自分の持っている経験や常識の尺度では受け止められない現象に見舞われた際、恐怖するなというのは難しいでしょう。
けれど、どういう理由でそれが起きている可能性があるのか。
についてのデータを自分の中に増やすことは無駄ではないと思います。

感謝合掌
後藤慈優


by jiyuu-fudou | 2017-04-18 06:00 | 永作先生からの手紙

護り刀

昔、旧家と呼ばれる家には、必ずと言って良いほど護り刀がありました。
《護り刀は、その家に潜入しようとする魔物から家を守る神刀として大切にされて参りました》

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参考資料:赤不動明王院所蔵 御霊刀

しかし、時代の流れと共にその存在すら忘れられてしまいました。
何時しか朽ち果てるならまだ救われるのですが、日本刀は、刀鍛冶が精魂込めて鍛え上げた代物。
そう容易くは、朽ち果てません。

人間界で例えるならば、お世話に成った方の恩も忘れた者が、また自分の都合で付き合いを再開したいと願ったとします。
しかし、その時点では、最早ご縁を繋ぐことなど無理と言うもの。

《本物には魂が宿り、遺品には執着が宿る》
本物には魂が宿ります。そのものに魂が宿ります。
大切にすることにより守護されます。
遺品でも子孫が大切に扱えば喜ばれます。
昨今、遺品を家族が片付けないで業者に委託するのが流行っている様ですが、遺品は、品物で有っても品物ではないのです。
遺品は故人の足跡と捉え、遺族が片付けては如何でしょうか。
私が何故、こんな事を書くか?

実は、皆さんが業者に依頼して供養、処分されたはずの遺品が、リサイクルショップやオークションに出品されているのです。

遺族の方が出品される事は、由ですが、供養、処分されたのなら、市場に出るのは不自然な事ではないでしょうか?

私も遺族からの依頼があれば遺品供養はしますが、供養後は全て焼却します。


遺品は、故人の想いが籠り易く、執着し易い物であり、それを断りもなく、他人が使うとどうなるか?

皆さんなら想像出来るはずです。

良い事は、起こりません。

遺品は故人の足跡

呉々もお考えください。



御護り刀は、長い年月その家を護り様々な事を見て今日に至ります。
日本刀には魂が宿ります。
様々なものから家を護って来た、言わば功労者ですから、最後は有終の美を飾り、御役御免として上げたいものです。

また、錆びた刀を研ぎ師の手に依り復活する時は、以前に増して護り刀本来の力《本領》を発揮し持ち主を護ります。

当院では、現在まで数々の御護り刀を復活させて来た実績があります。
もし、あなた様のお宅にも御護り刀がある様でしたら、この機会に復活をお考えになっては如何でしょうか。


《日本刀 武士の魂》
日本刀は手入れを欠かせばすぐに錆びてしまいます。
ですが、鎌倉時代から刀匠がいて、研師がいて、その刀剣は武士にとって大切にされました。
命懸けの戦の論功行賞の際「刀剣を賜る」事は、国一国を賜るのと同等とされた刀もありますし、家中での誉れともなります。

鎌倉時代、室町時代の刀剣が未だに美しい姿で博物館等で展示されるのは、そこに「魂が宿る」と考え、自分の命よりも大切なものと武士は考えてきました。
ただの武器であるなら、捨てられてしまいます。

徳川家康から受領した刀剣を紛失した場合、切腹、家名断絶(お家取潰し)が必定でした。
自分の命を護る武具であると同時に、自分の命以上に刀を大切に扱ってきました。
礼をして、刀の手入れで自分の息を刃に付かないように懐紙を口に挟んで手入れをする。
刀には直接手を触れずに手入れする。
神具と同じような扱いで接していた
のがその証でもあります。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


密教490では、名家に伝わる日本刀を供養されたことがきっかけとなり、結婚を諦めていた男性が一生の伴侶を得るというエピソードが紹介されていました。
刀は、美しく研ぎ、再生する事で本来の持ち主の居る世界に帰ることが出来ます。
そして、帰ることが出来た御礼に、今までの持ち主に大きな幸せをもたらす事が多々あります。

日本には昔から「古いものには魂が宿る」という考えがありました。
付喪神。

私も宝剣加持をした後には、一定の間隔で手入れをします。
使い方が激しいので(なんせ毎日使用しています)、一旦錆びてしまうとなかなか錆は落ちません。

研ぎに出すお金がないので、手入れの際には「ありがとう。お世話になりました。きれいになってね」と声を掛けています。
その甲斐あって、少し錆が薄くなってたところもある…ような気がします。

が、錆が薄くなるよりも新たな疲労が掛かる方が強いので、私の両刃の剣は基本的にいつもどこかが錆びています。
でも、そろそろ手入れをしなくては…と何気ない瞬間に思うようになったのは、少しずつ刀と意思疎通ができ始めているからではないんと思ったりもします。

私が日々加持で刀を使って思うのは、刀は持ち主、あるいはその家の鏡であり、歴史の記録媒体でもある。という事です。
もし、将来研ぎ師さんの処に出すことが出来て、復活を遂げたら、私の込めた想いの分だけ刀がパワーアップしているといいなあ…と思います。
そしてその増強した分、どなたかへの祈祷に役立てることが出来れば幸いです。

感謝合掌
後藤慈優



仏空也上人金剛山赤不動明王院 
営業項目:加持祈祷、霊視、除霊、浄霊、家のお祓い、星供養、各種供養等。

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by jiyuu-fudou | 2017-04-17 06:00 | 永作先生からの手紙

金剛山赤不動明王院 後藤慈優~2015.3.03真澄心理開発研究所を立ち上げました。


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