澱がたまったら身体を動かす

自分の前を行く人の姿は、凛々しく立派に見えるものです。
また、軽やかに簡単に何事かをやってのけているように見えるので、自分も簡単にできるのではないか…という錯覚を覺えることもありますね。

私のような拙いものであっても、時々「あなたにできるようなことなら、自分にでもできる気がします」と言われることがあります(笑)
私は一切の感情を捨て「はい、やったらできると思いますよ」とお答えします。

その方が出来なかった時の決め台詞も大体決まっています。
「誰もがあなたのように強くない(自由ではない)ということを忘れないでくださいね!!そういうあなたのことを不快に思う人がいるんです」

ああ、またか。と思います。
そして受け流します。

けれど、心のなかに流したと思っていた感情は澱のように積もっていくもので、何かの些細なタイミングでその痛みや衝撃は蘇ります。

簡単に乗り越えてきたかのように振る舞わなくてはならない。
弱みを見せてはいけない。
だって私は強いと思われているから。
鈍感だと思われているから。
何を言ってもしても平気な人間だと思われているから。

どうせ女なんて…と言われたくない。
思われたくない。
そうしたら負けだ!!

心の中にある我慢の壺がぎりぎりいっぱいなるまで貯め込み、そしてある日突然壊れます。

何度か精神的に壊れたあと、私は身体を動かすことでその澱を分散させながら解消することに気付きました。

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うまくいくときばかりではありませんが、やってみる価値は少しはあります。
なぜそう言えるのか?

そうでもしないと、自分が世の中を見る視線が歪んで偏ることが分かっているからです。


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by jiyuu-fudou | 2017-04-29 09:00 | 慈優からの手紙

金剛山赤不動明王院 後藤慈優~2015.3.03真澄心理開発研究所を立ち上げました。


by 後藤慈優
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